旭川実業高等学校 同窓会

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恩師紹介 込山 久夫 先生

込山 久夫 (Hisao Komiyama)
所属 事務局
在職期間

昭和52年4月1日~平成26年3月31日

担当部活動:野球部

 込山 久夫 野球部元監督は旭川市ご出身で、旭川第二中から旭川南高校に進み、3年時にキャッチャーとして甲子園に出場。卒業後、旭川の実業団「旭川野球協会」で1年間プレーの後、昭和41年(66年)に上京。群馬のクラブチーム「オール桐生」で2年半活動をされましたが、チームの休部により旭川に戻られ、社会人チームでプレーをされていました。縁あって昭和52年(77年)に本校の野球部監督(事務局所属)として赴任されました。

 在任中、2度の監督解任を経て、平成5年(93年)から監督に復帰。
 平成7年(95年)の夏、復帰3年目にして初の甲子園出場を果たしました。チームは松山商、鹿児島商、銚子商等、強豪校を次々と撃破し、逆転劇の連続に「ミラクル旭実」と呼ばれ、北北海道のチームとして初のベスト8に進出しました。また、平成11年(99年)に2度目の甲子園出場を果たし、着実にチームは実力をつけてきました。その後、数年の間、上位進出を果たすもののサヨナラ負けを喫するなどの低迷期を迎えました。自分の野球が通用しなくなったと悩まれ、知人に相談されたところ、行き着いた結論が「キャッチボールを見直すこと」でした。

 そこで原点に返ってみようと考え、学校のグラウンドに「目指せキャッチボール日本一」をスローガンとして掲げ、キャッチボールの練習を徹底されました。その成果もあってか、新チームは秋の全道大会準決勝に進み、平成15年(2003年)の選抜大会から新たに設けられた「希望枠」で念願の選抜甲子園への出場を果たしました。平成18年(06年)の秋の全道大会準決勝では、当時 田中将大(現:NYヤンキース)選手を擁した、優勝候補の駒大苫小牧高校との激闘を演じ、北海道中を沸かせました。試合には接戦の末敗れたものの、その戦いぶりから、「神宮枠」(神宮大会で駒大苫小牧が優勝したため)の北海道代表校に選出され、2度目の選抜甲子園出場を果たしました。その後、後継に指導の道を譲りたいとの意向から、平成20年(2008年)の夏の大会で監督業をご勇退され、平成26年3月(2014年)まで事務局職員としてご勤務されていました。

 また、平成23年7月には、高校野球の育成と発展に貢献された指導者に贈られる「日本高等学校野球連盟高校野球育成功労賞」を授賞されました。

 込山さんは、今でも夏には少年野球チームの忠和サンダースで総監督として指導をされ、冬にはスキーのシニアクラブに所属し、自身の技術を磨かれています。なんと昨年(平成26年度)は84日間もスキー場に通われたそうです。また5人のお孫さんにも恵まれ、朝晩の保育園の送迎が日課となっています。

 最後に「今年は高校野球100周年、高校時甲子園出場から50年、阪神大震災のその年の甲子園初出場から20年の節目を迎える年となります。今でも北北海道でベスト8を超えるチームが出てきていません。早くこの結果を超えられるようなチームが出てきて欲しい。本心としては、ぜひ実業高校がそれを成し遂げて欲しいと思っています。そしてもう一度あの感動を同窓生・OBの方々と一緒になって味わいたい。心待ちにしています。」とメッセージを残してくださいました。

込山 久夫 元監督 甲子園出場経歴

1995年(夏)
 ・1回戦 旭川実業5-4松山商業
 ・2回戦 旭川実業15-13鹿児島商業
 ・3回戦 旭川実業4-2銚子商業
 ・準々決勝 旭川実業2-3敦賀気比

1999年(夏)
 ・1回戦 旭川実業5-1久賀
 ・2回戦 旭川実業4-1新潟明訓
 ・3回戦 旭川実業0-6柏陵

2003年(選抜)
 ・1回戦 旭川実業1-8広陵

2006年(選抜)
 ・1回戦 旭川実業1-2北大津

平成23年7月
 ・日本高等学校野球連盟 高校野球育成功労賞授賞

平成27年5月19日(火)
情報委員会

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