旭川実業高等学校 同窓会

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恩師紹介 小野 智正 先生

小 野 智 正(Tomomasa Ono)
専門教科 数学・工業
在職期間
専任講師
時間講師

昭和43年4月~平成14年3月(平成6年3月~平成14年3月 教頭)
平成14年4月~平成18年3月
平成18年4月~19年3月、平成24年4月~平成26年3月現在


 私は大学を卒業後、昭和30年の後半に東大建築学科 岸谷・建築材料研実験助手、その後 東京杉並区で電子系の小さな開発研究所に勤務していました。その後、当時教頭だった福島正勝先生とのご縁で、昭和43年4月、両親が住む故郷に帰ることに決め、旭川実業高等学校に着任しました。同期採用された先生方は中山、古屋、小野、人見、小林、越山、谷口、西内、脇田、高野の各氏です。もう一人の教頭、清水泰先生には、新任式では生徒たちに「大きな学校の教員になり、頑張ります。」と言いなさいと言われたものです。

 将来・未来への目標、決意、覚悟などという大仰なものとはあまり縁のない日々で数年担任をしていまいしたが、生徒たちに資格を取らせて自信を持たせようということになり、科の先生たちと相談し一年生から電気工事士の受験を計画しました。初めて電気に関する科目を学ぶ生徒たちは電気関係の理論等は難しいかもしれませんが、指導の仕方によって合格の二文字を勝ち取れると信じて始めました。電気科専門の先生はもちろんのこと、一般教科の先生たちとも手を携えて指導を続け9名の合格者をだすことができ、当時の北海タイムス新聞に写真入りで載ったものでした。

 この生徒たちは自分の力を信じて、今まで経験したことのない長時間に亘って学習をしました。朝7時からの早朝学習、受験前の6月末には夜10時までも学習しました。遅い時間になるので家族にお迎えをお願いし、迎えの車で校庭がいっぱいになりました。遅い時間の迎えに保護者の方に申し訳ないと伝えると、「子供がこんなに頑張った姿を見たことがない。子供が頑張っているのだから親のこの程度のことは何でもない。」と言っていただいたのを思い出します。生徒たちは能力がないのではなく、その底力を出せる時期を探していたのだと思います。

 もちろん合格者だけがすばらしいのではなく、資格に挑戦していた間の努力が大切だということは当たり前のことです。自分の力を信じて努力を重ね、再度の挑戦で電気工事士に合格した者、更に上の資格の高圧工事技術者試験、第3種電気主任技術者、2級ボイラー技士等に挑戦して自分のものにした者など多くの生徒に感動をもらいました。その後の生徒たちも資格の他にも目標を持ち、国家公務員第三種、国立山形大学工学部、長岡技術科学大、室蘭工大、等に進路が開けました。

「家族・近況」報告
☆家族  妻と二人家族。 子供四人(三人は旭川市市内在、一人 札幌在 )
☆趣味  デジカメ(カメラで写したものをワードに貼付けたり、加工したりしています。)
☆近況
(1)毎月末の日曜日に愛宕公民館で男の料理講座に参加しています。
(2)週二回 時間講師として一年生の工業技術基礎を教えています。
(3)千代野町内会顧問 二年後には町内会結成50周年になり記念誌発行準備中。
(4)孫5人の成長が格別の生きがいを与えてくれています。

座右の銘 愚公移山(ぐこういざん)
根気よく努力を続ければ、いつの日か成功するという教え。

平成25年10月31日(木)取材
同窓会事務局

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